●都市は移動する。栄えた場所も機能が鈍れば、呆気なく捨てられ朽ち果てる。都市は音もなく移動し、新たな場所に腰を据える。器は器である限り、未来永劫栄えるものだ。「って話だぜ」「どんな話だよ」「だから、次の都市は『此処』なんだ」「どうする」「決まってる。――移動だ」 ●謎解きを終えた探偵は、項垂れる犯人に背を向けた。スーツの背中を慌てて追う。「どうして止めるんですか」「総てを明かすのは野暮でしょう」含みと影のある微笑で答える。「確定している事実を、わざわざ明かす必要もありません」最低限の一端だけを明かすのが、多分彼の美学だ。 ●早く早く、と急かされて、小走りで駆けた。こんな時間になに? 睨んでみても、なんの言葉も返ってこない。わけもわからず扉を開けると歓声に迎えられた。にっこりと君。月並みな展開も予想できなかった。いっせーの、「誕生日おめでとう!」呆然とする僕の前でクラッカーが弾けた。 ●傘が折れた。小さなごみ袋に収めようと、力任せに折り曲げる。二つ折りにしても入らなかったので、更に二ヶ所折った。袋から覗く持ち手は妥協しよう。不燃ゴミは明日だ。玄関に放置すると、袋の中から不満げに訴える。こんなに折らなくたって良いだろ。私は応える。屈葬ってやつさ。 ●「ごめんなさいね。こうするしか、もう方法がないの」彼女は哀しそうに微笑んで、数珠を手繰った。肥大した魔はどろりと火炎を吐き、悶えるように身をよじらせる。口の中で言葉を呟き封印術を行使した――。「君らしいな」苦笑する奏者に封魔師は笑う。「眼に邪を飼うのも便利なものよ」 ●「封印対象に同情するなんておめでたい奴だな」通信用水晶を磨きながら、調律師はお決まりの皮肉を吐いた。封魔師は黙って紅茶を淹れる。虫が好かなくても、水晶調律師はこの町で彼だけだ。仕事への感謝は忘れない。ただ腹は立ったので、少しだけ、渋めに淹れてやった。 ●頬にぽつりと違和感。見上げると、眼鏡の視界を水滴が侵した。慌てて駆けだす頬に手に、水滴の感触が増えていく。眼には見えない。けれど少しずつ濡れそぼる。通りがかりのヘッドライトに照らされてようやく、降りしきる雨を視認した。 ●眼を見開いて睨みつけると、襲いかかろうとした異形が凍りついた。凄絶な唸り声を上げるそれに当てつけるように、数珠を繰る。「これは共食いっていうのかしらね……」片眼に封じた力は、今や異形を封じる技となった。ふと掠める同情は、かつて封じた火炎の魔へのものだろう。 ●子供の頃によく遊んでくれた笑顔も、大人になってからたまに会いにきてくれた笑顔も、どれもとても素敵だったけれど、今、ウエディングドレスを着て大切なひとと並んでいる幸せそうな笑顔がいちばん綺麗だと思うよ、おねえちゃん。 ●どうしてこんな馬鹿なことを。絶叫で問うと、奴は飄然と笑った。ああ、君には人の痛みはわからないよ。でも彼女はわかってくれた。幸せそうな眼差しの先には、二度と動かない彼女。冷たくなりかけた身体に身を寄せ、奴は俺の目の前で、彼女と同じ激痛で身を刺し眠りに就いた。 |