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#twnovel

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●これはなんだろう、って思ったの。小さな指で示して、その子は膨れ面を見せた。去年も、その前も。でも毎年見られないの。酷いわ、あなたのせいよ。僕に言われてもな、と苦笑を返す。生きる季節がほんの少しずれているんだ。君は雪の子、僕は桜。君の季節、桜花の精は眠っている。

●本音を言える関係が好きだった。上辺を繕うまでもなく、嘘八百を並べなくとも、自然と笑いあえる日々が心地良かった。いつからだろう、言葉に出す前から思いを見抜く、深い色の眼が怖くなったのは。身体に馴染んだ笑顔と声と、緩い空気に気を許したら、スキの二文字を滑らせそうで。

●まったく面白くない、と、魔術師は杖を弄び嘆息した。代々続く魔術の家系も、いつしか残るは彼一人。杖を振ったところで、種や仕掛けを探される。芸で遣うわけではないが、勘繰られるのはやはり癪だ。面白くない。この辺りが潮時か。世界の片隅で最後に遣われたのは、杖を消すための魔術だった。

●鴉は相手を間違えたようだ。靴を忘れた名もない姫は、捜すには少し難しいらしい。一目であのひとを虜にした、綺麗で図々しい女の子。[たお]れた人違いには悪いけれど、次は相手を間違えちゃ駄目よ。薬を渡すお相手は、靴の主じゃないと意味がないの。宜しくね、可愛い私の鴉さん。

●汝は汝に非ず、と託宣が下された。汝はヒトに非ず。重ねられる否定の言葉に、少しずつ蝕まれる幻覚。否定されて否定されて、残ったものが真の自分だとでもいうのだろうか。もし仮に、なにも残らなかったなら。ぞっ、と空虚な寒気を覚えたとき、最後の否定が降った。――汝、非存在。

●綺麗な服も宝石も、全部君のものなのに、どうしてそんな表情をしているの。空き地にぽつんと捨てられた、帰る場所もない仔犬のような。君のために設えた、大きな家もここに在るのに。――こんなものわたしは欲しくないのよ。愛でてほしいわけではないの。ただ触れてほしいだけなのに。

●白い便箋と封筒を、机上に広げて眼を閉じた。洋墨はどの色を使おうか。闇夜の漆黒、宵の濃紺、夕暮れに潜む深紫。どれでも同じと呆れる顔を、思うのもまた楽しみのひとつ。万年筆に色を含ませ、言葉を綴って一呼吸。緋色の蝋で封じた想い、どこまで読み解いてくださるでしょう。

●戯れに触れた鎖骨から、涼やかな音で君は崩れた。摘んだ欠片はラムネ菓子のようで、口に含むと出逢った頃の味がした。崩れた君は戻らないが、甘い記憶はしゅわりと溶けて、身体の一部に同化する。歯を立て砕くのも躊躇われ、舌に転がし記憶を辿る。君が鎖骨を持っていた頃の。

●しょき。鋏を握ると刃が擦れ、埃だらけの空気を切った。屋根裏部屋の本たちも、手許に置く意味はなくなった。ページに刃を入れ活字を崩す。漢字、平仮名、片仮名、数字。知識は断片に刻まれて、空に漂い世界に還る。さようなら、大切に集めたことばたち。無形の知は胸に根づいた。

●失くしものを捜そうと、群青の森に分け入った。茂る植物に潰されそうになりながら、気配に惹かれ奥へ、奥へ。樹々の匂いにむせ返る。最後の枝を払ったとき、現れたのは鉄格子。違う、こんなはずでは。格子に取りつき眼を凝らすと、あちらから睨む両眼とぶつかった。嗚呼、これは、僕だ。


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