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#twnovel

10


●溶けかけの氷菓に指を染め、覚えたばかりの和歌を綴る。思いを言葉に託すだなんて、昔の人はなんて器用だったのだろう。現代っ子には無理な芸当。言葉を捻る間に想いが溶けて崩れてしまうほど。代わりに描いた甘い小鳥を君へと飛ばす。ほら、このほうがずっと簡単だもの。

[かい]の音が闇夜に響く。洞の鬼を調伏せよとの命であったが、戻った者は一人も居らぬ。せめて仲間の安否だけでも――舟を漕ぎながら水面を見て、ふと違和感に囚われた。ここは山ではなかったか。この舟は、なんの流れに浮いている。引き上げた櫂の紅さに山伏は、鬼の嗤笑[ししょう]を遠く聞く。

●誰かの声が聞きたくて、誰かの顔が見たくて、誰かの手に触れたくて、なのに誰だかわからないなんてどうかしてる。無二の名を持っているはずの、名前も知らない誰かサン。身体があるなら触れさせて。少し体温を分けてほしいの。最近の風はつめたすぎるし、冬は無闇に広すぎるから。

●目覚めると物理の教科書が転がっていた。手を触れた記憶もない新本。おかしいな、物理はきちんとやっておかないと試験に通らないはずなのに。省みても、物理のブの字も記憶にない。そうか、これは悪い夢か。布団に潜りこみ睡魔の餌食になる寸前だけ、此方側こそ現実だと知っていた。

●狐火のゆらりゆらりと君誘う。揺らめくこの灯を、君は何方[どなた]と見紛うたのか。抱き留めたところで手に入りなどせぬものを、何故[なにゆえ]斯様[かよう]な眼差しで、息を弾ませて追い給うのか。所詮はあやかしの幻と、知らぬわけでもあるまいに。白い狐の蒼い灯は、無言で呟き藪に入る。ゆらりゆらりと君誘い。

●貴方の声は好きですが、言葉の重さに負けました。優しい言葉はどんなに大切にしていても砂糖菓子のように溶けてしまうのに、冷たい言葉はなかなか消えてくれないのです。「きらい」「いや」ずしり、抱える重さに潰れそうです。柔らかな声まで怖くなる前に、わたしは耳を捨てました。

●伝えたかった感情は、葉にすらなれずに弾けて消えた。ふわりふわりと浮かぶのは、言葉になれない言泡ばかり。「どうしてなにも言わないの」伝えたいことならありすぎるのに。張り裂ける悲鳴も形は持てず、泡に埋められて立ちすくむ。眉を顰める貴方の前に、色付く紅葉も眩しすぎた。

●人形師は人形遣いを憎んでいたそうです。心を籠めた人形たち。糸で吊られて操られるなど、苦しいだけの拷問だ。ある日あるとき人形遣いが言いました。あなたの人形は不思議です。ひとりでに踊りだすようだ。人形師はちらと笑って頷きます。不機嫌そうで、少し誇らしげに見えました。

●ふと振りむいた君が浮かべたのは、一瞬の驚きと華やかな笑み。そう、見たかったのはこの顔だ。懐かしい感覚を抱きしめる。おかえり、この腕の中へ。我に返ると足許に冷たい身体。おかしい。一体なにを見ているのだろう。華やかすぎる紅色が、歪んだ幻を侵して広がっていく。

●迷った末に選んだ道だ、後悔はしていない。ぼんやりとした夢見がちの妄想は、いずれ捨て去るべきなのだから。論破した過去はなおも居座り、にやついて僕を眺めている。しばらく様子見させてもらうぜ、現実派気取りの空想屋。――頭上に潜む幻から眼を逸らし、無味無臭の現実を歩む。


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