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*桃月ユイさまより頂きもの*

「それいけオカルト研究会!」×「葬儀屋」
「重ならない、黒い色」



 とある休日の買い物帰り。月読夜維斗のアパートの部屋の前に、奇妙な姿の人物がいた。
「……誰だ」
「おや、本当に僕らのことが、見えるんですね」
 くすり、と笑うその男を見た夜維斗の眉間に、わかりやすいほど皺が寄った。夜維斗のその反応を見て、男はさらに、笑った。
 黒い喪服、肩までの黒い髪、そして、紅い瞳。その特徴的な容姿を見て、夜維斗の脳裏にいつか出会った人物の姿がよぎった。
「ここで話すのもなんですから、中でお話しませんか? 月読夜維斗くん」
「……そこ、俺の家だぞ」

「葬儀屋、だったか」
 夜維斗は先日会った喪服に紅目の男の言葉を思い出して、目の前の男に確認するように言った。
「ええ。葬儀屋の、常磐です」
 頷き、常磐は答えた。先日会った葬儀屋――椎名とは全くタイプの違う人種だな、と思いながら夜維斗はお茶を飲みながらじっと常磐を観察するように見た。
「貴方にとって、葬儀屋はそんなに珍しいものですか?」
「……あんた、どこまで俺のことを知っている」
 夜維斗は、常磐を睨む。常磐は、笑っていた。
「まあ、貴方は有名ですから」
 夜維斗が有名と言われる原因は、一番夜維斗が面倒と思っているもの――霊感。見えないモノが見える人間というのには、何かしらの力があるらしく、夜維斗もそのマイナスな恩恵を時々受けていた。
「しかし、似てますね」
「……は?」
「いえ、こちらの話です。さて、本題に入ってもよろしいですか?」
 誤魔化すように言った後、常磐はテーブルの上に一枚の写真を置いた。夜維斗は、常磐の白い手が差し出した写真を覗き込むように見る。
「こちらの人物に、見覚えはありませんか?」
「……知らない」
 常磐に尋ねられたが、夜維斗に心当たりはない。元々人と関わることが少なく、なおかつあまり他人に興味のない夜維斗に他人の写真を見せたところでいい反応は得られない。そんなことを知る由もない常磐は「そうですか」と少しだけ苦い笑みを浮かべたまま、写真を片づけた。
「貴方でも、知らないとなると少し厄介ですね」
「……あんた、もしかして、これだけのために俺のところに来たのか?」
 夜維斗が尋ねると、常磐は何のためらいもなく頷いた。こんなことのためだけに、何とも知れない高校生に会いに来るなんて葬儀屋もよっぽど暇なのか、と夜維斗は呆れの溜息を吐き出した。
「ため息を吐きたいのはこっちの方だ」
 その時、背後から聞こえてきた声に、夜維斗の目が一瞬大きく開かれた。振り向くと、不機嫌そうな顔をした椎名が座っている夜維斗を見下している。その隣の胡蝶が夜維斗に小さく会釈をしていた。
「……ここはいつから葬儀屋のたまり場になったんですか」
 部屋の中に喪服が三人、という光景に夜維斗の表情が完全に引きつっていた。
「別にたまりに来たわけじゃない。俺は仕事の話を聞きに来ただけだ」
「椎名君が仕事にやる気出すなんて珍しい」
「槍が降るかもしれませんね」
「勘弁してくれ」
「おい、お前ら言いたい放題言ってんじゃねえ」
 椎名が不満の声を上げたとき、
「夜維斗ー!! いい情報が入ってきたわよー!!」
 扉が叩き開かれ、漂っていた空気と不釣り合いな明るい声が響いた。
「……何なんだ、今日は」

 数分後、部屋に喪服姿はなく、代わりに夜維斗の幼馴染である陽田里佳とクラスメイトの朱月光貴が夜維斗の前に座っていた。
「しゅげっちゃんがね、いい情報を手に入れてくれたのよ!」
「前に言ってたあの幽霊屋敷。あそこの噂が結構強くてさあ」
「でね! そこを調べに行こうじゃないの! こんなに晴れたオカルト日和、一生逃せないわよ?」
「……頼む、日本語で話してくれ」
 ぐったりと項垂れながら、夜維斗は低い声で言った。ただでさえ、先ほどまで葬儀屋が一斉にやってきたというのに、今度は騒がしい同級生がやってきたとなると夜維斗の疲労度は高まるばかりである。
「全く、理解度が低いわね? しゅげっちゃんが、前から言ってた幽霊屋敷の話、覚えてるでしょ?」
「……そんなもの、あったか?」
「お前って便利な頭してるよな……都合の悪いこと忘れて、英文バカみたいに覚えられて」
 夜維斗の反応に、光貴が呆れたような笑みを浮かべた。一つ息を吐いた後、光貴が里佳の言葉を続ける。
「最近その幽霊屋敷の周りで本当に幽霊を見たって子が多いわけだ。ここ一カ月で確か、二組のミユキちゃんとか、リサちゃんとか、三組のエリナちゃんとか、アイちゃんも見たって言ってたっけ? それから」
「と、こんなに目撃情報が多いわけよ!」
 光貴の言葉を遮り、里佳が机に手を付き、身を乗り出して夜維斗に向かって言った。夜維斗はその視線から逃げるように、顔をそらした。
「これは月原高校オカルト研究会が調査するしかないでしょう?!」
「……好きにしろ」
 自分が関わるつもりはない、という意味で夜維斗は里佳の言葉を流した。が、それを聞いた里佳と光貴は顔を合わせてにやりと笑った。
「それじゃ、明日の朝、迎えに来るからな」
「夜維斗、お弁当よろしくねー。あたし、ミートボール食べたーい」
「あ、リクエストできるの? だったら俺、卵焼きはちょっと甘めの方が好きだからそれでよろしく!」
「そんなわけで、じゃーねー」
 光貴と里佳は言いたいことだけを言って、さっさと夜維斗の家を出て行った。夜維斗はゆっくりと顔を、二人が出て行った扉に向けて苦い表情を浮かべた。
「関わってくるな、って言ったはずだが」
 いつの間にか、夜維斗の背後には葬儀屋の三人が立っていた。椎名の声に気付いた夜維斗は、苦い表情のまま、椎名を見る。
「俺もそれを望んでいるんですけどね」
「ならその通りにすればいいだろ」
「それができると思いますか」
 できていれば、今頃オカルト研究会なんて入っていない。そんな自分への呆れも込めながら、夜維斗は椎名に言った。夜維斗の心境を理解できない胡蝶は首を小さくかしげていた。
「ちょうどいいです。月読夜維斗くん、それに椎名、その幽霊屋敷に行ってください」
「…………は?」
 常磐の唐突な発言に、夜維斗と椎名は全く同じタイミングで声を上げた。完全に一致した声に、椎名の隣の胡蝶が、ふき出した。
「二人とも、すごい……タイミング一緒……」
「ちょっと待て。なんで、俺まで」
「決まっているでしょう、仕事のためです」
 呆然とする夜維斗から視線を戻した椎名が、常磐に突っかかるように尋ねる。常磐の方は笑みを浮かべたままできっぱりと言った。そして、ようやく呆然としていた意識を取り戻した夜維斗が小さく手を挙げた。
「俺がその幽霊屋敷に行くのは前提なんですか……?」
「おや、行かないつもりでしたか」
 夜維斗の問いに対しては、わざとらしく驚いたように訊き返した。笑みを浮かべたままの常磐を、夜維斗は表情を引きつらせて見るしかできない。どうやら、夜維斗と里佳の力関係をあの短時間で理解したらしい。真正面から常磐の笑みを向けられた夜維斗は、諦めたかのように項垂れた。
「行けばいいんだろ、行けば」
「話が早くて何よりです。しかし、彼女は変わった人でしたね」
 常磐の言葉に、椎名も胡蝶もわずかに首を動かし、反応した。椎名は胸の前で拳を握ったり開いたりを繰り返していた。先ほどまであった違和感は、今はない。
「何なんだ、あの女」
 常磐の言う『彼女』、椎名の言う『あの女』。それが誰を指しているのか、夜維斗はわかっていた。
「……ただの、オカ研の会長ですよ」
 それ以上言わない夜維斗を、椎名は不機嫌そうな紅い瞳で見つめていた。

 翌日。
「うわー、おいしそう!」
 里佳と光貴に言われた通り、夜維斗はちゃんと三人分の弁当を作っていた。その調理過程を、胡蝶が興味津々と言うように見つめている。
「こんなに料理が上手にできたら、女の子にもてない?」
「そんな浮いた話はないですね」
「へえ、そうなんだ?」
 夜維斗よりも背の低い胡蝶は、楽しげに笑いながら夜維斗を見上げる。何が楽しいのか、と思いながら夜維斗はその笑みを受け流し、弁当の中に光貴がリクエストしていた卵焼きを入れた。入れ終えた後、夜維斗はふと視線を椎名の方に向けた。
「そういえば、昨日の……常磐、さんって居ないんですか」
「いたほうが良かったのか」
 口元に小さな笑みを浮かべて言う、椎名。それがからかいの言葉であると気付くのに、数秒の間が必要だった。
「それ、椎名君も言えないでしょ」
 夜維斗の沈黙に気付いたのかどうかは定かではないが、胡蝶が呆れたように椎名の言葉を打ち返した。少しだけ、意地の悪い笑みを浮かべながら胡蝶は言葉を続ける。
「あたしから言えば、常磐さんがこっちに来てくれたかもしれないよ?」
「俺の相棒はあんただろ。あんた以外と仕事するつもりはない」
「……なんでそう、自然に照れくさいこと言えるかな……」
 ころころと表情を変える胡蝶に、夜維斗は一瞬だけ里佳の姿を重ねた。しかし、胡蝶の方は里佳に比べればはるかに大人しい表情の変化だった。
「常磐はもともと現場に来るような立場じゃない。あの時来たのは、お前に確認するためだけだ」
「なんで俺に確認したんですか?」
「今回の一件は、少し特殊だからな」
 ぱさ、と乾いた音が夜維斗の耳に届いた。視線を弁当箱から、椎名がいる部屋にあるテーブルに向けると、一枚の紙があった。夜維斗は中身をしっかりとつめた弁当箱のふたを閉じ、それから紙を手に取った。
「……死んだ理由とか、わかるんですね」
 死神は唐突に現れて、唐突に魂を導く。そんな物語めいた印象を抱いていた夜維斗にとって、死者の詳細が書かれているその書類は意外なものだった。
「ああ」
 夜維斗の言葉に頷きながら、椎名はこの一件について常磐から聞いた時のことを思い出した。

「影にもさまざまな種類があります」
「……種類?」
 常磐の言葉を疑問を含めて胡蝶が繰り返した。
「ごく稀にですが、『力』というモノを求める影がいるそうです」
「その影は、生者にも影響を与えるっていう報告があるわ」
 常磐の言葉を補足するように狭霧が続けた。狭霧の言葉に、胡蝶だけでなく椎名もわずかな驚きの表情を浮かべた。
「生者に影響を与える、死者?」
「そもそも、その影が求めている『力』というものが生者にしか備わっていないものらしいのです。それを求めるために、生者に影響を及ぼす」
「でも、そんなことってできるんですか?」
「先日の一件を、お忘れですか」
 胡蝶の問いに常磐が問いで返す。先日の一件、と言われて胡蝶は疑問符を浮かべていたが、椎名は心当たりがあった。
「……月読夜維斗」
 椎名がその名を言うと、常磐は満足げに頷く。いちいち芝居がかっているような常磐の動きに、椎名は冷ややかな視線を送った。
「彼に関しては、一般の生者と同じように扱うことができません」
 その意味は、実際に夜維斗と会ったことのある椎名と胡蝶には理解できていた。
 死者を見ることができる生者。それも、『葬儀屋』という特殊な死者である自分たちさえも認識することのできる、例外の中の例外、と言ってもおかしくないような存在なのだ。
「今回の場合、彼のそばに影が現れる可能性が高いです」

「……椎名君?」
 胡蝶に呼ばれ、ふと椎名は顔を上げる。準備を終えたらしい夜維斗が、鞄の中に弁当と水筒を入れていた。まるでピクニックに行くみたいだな、と思いながら椎名は小さく頷いた瞬間。
「夜維斗ー!! お弁当は用意できたかしらー?!」
 チャイムもノックもなく家の扉が開かれ、そこから里佳の大声が響いた。それを聞いた夜維斗は息を一つ吐き出し、鞄を肩にかけた。扉の向こう側には、満面の笑みを浮かべた里佳と片手を上げている光貴の姿があった。
「いい天気だぜ、月読。こんな晴れた日には」
「オカルト調査をするしかないでしょう!」
「はいはい」
 呆れながら夜維斗は靴を履き、外に出る。扉を閉めながら部屋の中を見ると、葬儀屋二人の姿はなかった。
「……はあ」
 がちゃ、と鍵のかかる音が夜維斗の溜息をかき消した。
 それから三人は、噂の『幽霊屋敷』にたどり着いた。ちょうど三人の通う月原高校から歩いて十五分ほどのところ、通学路としてもよくつかわれる道沿いにあった。
「結構ここ通る子多いもんね。目撃情報が多いのも納得だわ」
「ちょうど俺たちの行き道とは逆方向だからなかなか気づかないもんなあ」
「……さっさと終わらせて帰るぞ」
 夜維斗の発言に、里佳と光貴が沈黙した。二人は目を大きく開いて、互いに顔を合わせる。そんな二人の行動を夜維斗は訝しげに見た。
「何だ」
 夜維斗が尋ねると、里佳と光貴は表情をそのままで夜維斗を見る。
「いや、月読が珍しく乗り気だからさ……普通にびっくりして」
「何か、嵐が来るかか槍でも降ってくるんじゃないのかしら」
 里佳のからかうような言葉に、夜維斗は椎名を思い出した。きっと今の自分も、あの時の椎名と同じような表情を浮かべているのだろう、と思いながら。
「でも、あんたはもっと普段から乗り気とやる気を出すべきよ! 一度しかない高校生活を全力でエンジョイしなくっちゃ!」
 そういうと、里佳は夜維斗と光貴の腕を掴み、屋敷に向かって歩き始めた。
 そして、誰もいなくなった屋敷の前に、黒い喪服の二人組が立った。
「なんていうか、いかにもって感じの場所だね」
「だから集まるんだろ、そういうのが」
 ひきつった表情を浮かべる胡蝶を見ながら、椎名はため息交じりに言う。
 老朽化がかなり進んだせいで本来の白い色を失ったひびだらけの壁、手入れを放棄された雑草だらけの庭、人の気配が全く感じられない薄暗い窓の向こう側。胡蝶の言うところの「いかにも」がここまでそろう建物のそうないだろう、と思いながら椎名は屋敷に入って行った少年たちの背中を見た。
「何が楽しくてあんなことをするんだか」
 活発そうな二人に挟まれている夜維斗に向けたように、椎名は零す。そして、胡蝶と共に屋敷に向かって歩き始めた。



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