*二月最中さまより頂きもの *

「死に忙ぐ」

 鈍い銀色。鉄の色。重くて冷たい色。

「――あんなぁ、おっちゃん。おれっちの話、聞いてくれてたわけ?」

 おかっぱ頭の青年が、私に向けてそう言った。彼は黒鉄の自動拳銃を手にくるくると、そう、まるでおもちゃのようにその鉤状の兵器を弄り回していた。その隣では、赫い目をした女が腕を組み、男から半歩ほど下がりの位置に。

  全く奇妙な二人組だった。男女で若干のデザインの差はあれど、そのスーツは闇の黒に染まっている。そしてサングラスである。女性の方はかけてはいなかったが、それも現れた時にはその赫い目を隠すかのようにサングラスを着用していたのだし、つまり、同様の服装の――制服ということだろう、と私は推測した。つまり彼らは同じ組織か何かに属する二人組である。しかしまあ、そんなことはどうでもいい。

「お前らは私を狩りに来たのか」

 問う。一体何を問うというのだろうか。結論は出ているというのに。知っている。私は彼らが何たるかを知っているのだ。全てはそう。予想できていたことだ――。

「狩りに、ってねえ。別にそういうわけじゃあないんだぜ? おっちゃんが大人しくしてくれればおれっちたちだって楽しく仕事ができるわけよ。どぅーゆうあんだすたん?」

「野城。その、人を小馬鹿にしたような態度はよしなさい。それだからいつも交渉失敗するのです」

「じゃあ最初から葛城がやればいいじゃんね。おれっちはおしゃべりが苦手な葛城の代わりに頑張ってるってのにさ」

 なにやら、私を蚊帳の外にして、話が始まっているのだったが、そんなことは私にはどうでもいいことだ。彼らに付き合っている暇はないのだから。事情を話して丁重に御帰り願うとしよう。

「――君たちは死神なのだろう?」

  死神。身体から離れた魂を正しい場所、へと導く存在。死をつかさどる神。私は彼らをそれだと認識した。黒といえば死のシンボルカラー。死神はほとんどが黒で描かれる。黒いローブに鎌という一般的なイメージとはかけ離れた姿であったが、そう。彼らは死神なのだろうと、そう結論した。今、私の前に現れたということはつまりそういう存在なのだろう。
 問いの先、女の方が応えた。

「死神ではありません。私たちは葬儀屋と申します」

「葬儀屋?」

 葬儀屋。聞き慣れない、といえば当然なのだろうが、そう言うものなのだろう。そして女は、手帳を取り出して、手を掲げる。そして読み上げる。

「滝野廉太郎さん。貴方に死亡宣告が出ております。よって、葬儀屋の職務遂行のため参上いたしました。わたくし、担当の葛城と申します。そしてこちらは」

「野城って呼ばれてるしそう名乗ってんよ。そこんところよろしく」

 続けて、アンタの葬式、挙げにきたぜってなあ、と野城青年。

「つまり、君たちは。私が死人であるから――? それでここに来たのだね?」

 問いの対象は葛城と野城と名乗った二人組。彼らは『葬儀屋』なる組織に所属しているらしい。葬儀屋とは女の方、葛城が語るに、

『我々の魂は死後、この現世に残ることなく、輪廻の輪に戻っていきます。しかし、強い情念。それは意志であったり後悔であったり理由はそれぞれですが。とにかく人が死に対して強く拒み続けることで、この世に魂が残ることがあるのです』

『おれっち達はそいつらを黄泉送りするのが仕事ってわけよ』

『黙りなさい野城――。ええ。それら魂を正しい輪廻のサイクルに戻して差し上げるのが私たちの仕事なのです』

『それで、今回がおっちゃんなのさ』と。突拍子のない話もあったものだ。

「滝野さん。貴方に死亡宣告が出ております。あなたは今、魂だけの存在なのです」

「そうか。ふむ。確かに私は死んでいるな」

  私は応えた。確かに私は死んでいる。私は葬儀屋たちに背を向けて、そして背後に鎮座するモノリスを見据えた。巨大な直方体。正面は半透明のガラスとなっており、中は液体で満たされている。時折、側面の端末が点灯したり電子音が響く。そして、眠っている私。もう一人の私がそこにいた。

「すこし、話をしようか」


 ● ● ●


  心身二元論。精神と身体。私は科学者でありながら、同時に哲学を志していた。なかでも私の関心は、人の魂は死後、どこへ向かうのか。こればかりだった。それなりの地位というものを手にしてからは、研究に身を捧げ、やれ魂だ。やれ質量がどうだ。とね。そしてある時、私は自分なりの結論というものにたどり着いた。

 擬似的な死。魂と身体の乖離。

 コンピュータ制御により自分を植物状態へと変える。その間の身体は生命維持装置によって『生きている』という状態を保たせる。その間、自分自身は死んでいるが、身体は生き続け、植物状態となった身体に対し再びショックを与えることで蘇生し魂は身体に戻る。これが私の行った実験のすべてだった。一時的に身体と魂の鎖を切り離すことは可能である。身体とは入れ物、器に過ぎず、魂は身体に囚われているというのが私の考えであった。少しの間の死。体験としての死であるならば、魂は死後、どこへ向かうのかが分かるのではないかと思ったのだ。

 しかし学会の科学者たちはそんな私を笑い、そして頭のおかしい人間というレッテルを貼った。そんなことが成功するはずがないと。周りの人間の目は冷たかったよ。隣人が友人がそして家族が。社会という巨大な怪物となり、私に襲い掛かった。

  だからこそ、私は研究を続けた。家族と離れ、自らの人生を捨て私は社会と戦うことにした。私を笑った学会を、世間を見返してやるために。復讐が半分。笑えるよ。それでも私は自分のことを疑うことをやめなかったんだから。むしろ研究に対する姿勢が、以前より前傾になっただけだった。

「気が付けば、復讐など忘れていたよ。完成した装置を前にして私は子供の様だった。勿論、すぐに実験を開始した。告げるべき友人もなく、心配するような家族もいない。私は孤独な、この部屋で死んだんだよ」

 葬儀屋の二人をあえて視ずに、私は独白を続ける。彼らは私の前に現れた以上、知るべきなのだから。続ける。

「目が覚めると、私は、私の死体を眺めていた。この水槽、棺桶のなかで静かに眠っている私を観察した。そして鳴り響く電子音で我に返り、私は実験が成功したことに気づいたのだ」

  装置の設定によると、私が死んで、生き返るのはこれから五時間ほど先。死して、魂のみとなったのだから、すこし外を散歩しようかと思ったのだが、そこでドアに触れるどころか、装置から離れることが出来ないことを知った。このまま、特にすることもなく待っていようかと思ったところ、葬儀屋の訪問があったのである。

「――つまり、しばし待てば私は生き返る予定なのだ。正確には私は死人ではない。魂と身体が乖離しただけ。幽体離脱などと呼ぶのかね、所謂そういうものなのだよ。確かに、今の状態だけを考えれば、君たちの職務の対象かもしれないがね。しかし私はまだ生きている」

  振り返る。葬儀屋の黒が、打ちっぱなしのコンクリートの色と対照的に。映えているといえばそうかもしれないが、逆に場違いともいえる。しかしその温度だけは同じ。重く冷たい。ここは私のいる世界ではないのだと、そう思った。だから私は生き返る。それは私の勝利であり、私の求めた未来。私の存在の証明でもある。これで、私は世界に認められるのだ。この冷たい世界から抜け出して、温かな光の世界に帰るのだ。

 そして私は気づいたのだった。

 私は死して、なお生きたいと願っている――。


 ● ● ●


「残念ながらおっちゃんさあ。そいつぁ結構なんだけど、無理なんだわそれ」

 私の隣りで、先ほどまでは黙っていた野城が口を開きました。

 滝野さんは突然の言葉に呆気にとられていました。これはいけないと思いました。すぐに止めなければ、と。しかし、それよりも早くに野城はつづけるのです。

「あんなぁおっちゃん。俺たち葬儀屋はさ。あんたのこと。ずっと前から見てたんだ」

「野城――」

 それ以上は言ってはいけない。と言おうとした時です。野城がこちらに顔を向けて呟いたのでした。

「ごめんな葛城。俺、おっちゃんが可哀想でしかたがねえんだ。もうみてらんねえよ。だから、ここは俺に任せておくれよ」

  野城はとても哀しい顔をしていました。いつもの飄々とした態度は消え、私の知る野城はここからいなくなってしまったのです。そんな様子の彼に気圧されて私は言葉を詰まらせました。同時に、滝野さんは言葉の意味を飲み込み始めたのか、こちらに、いいえ。野城に向けて問いかけます。震える、ひどくおびえた声で。

「野城君と言ったね。それは一体どういう意味かね」

「意味も何もあったもんじゃあないぜ。俺たちはアンタがやっている研究について認知していたということさ。世界のシステムがくるっちゃあ大変だからな。ついでにおっちゃんに何かあったときにいつでも俺たちを派遣出来るようにって、そういう話」

「……なら。今は特に問題はないのだろう。こうして私は実験を成功させているんだ。あと数時間もすれば魂は身体に戻るのだぞ。装置自体には問題もないし、正しく作動している!」

 そう。確かに。実験も、装置も。間違いはありませんでした。確かに彼は自らの夢を叶えたのであり――そのように私たちも聞かされてここに来ているのです。

「そうだな。おっちゃんは成功していたさ。しばらくすりゃあ、魂は正しい場所に戻る。はずだった」

 今から数時間前、私たちは室長より書類を受け取りました。滝野廉太郎が完全に死亡したと。その時刻はつまり、私たちの知るところの。

「ときにおっちゃんよ。あんた、生き返る時間、タイマーでセットしてんだろ。予定時刻、いつなんだよ」

 滝野さんは、一言も発さず、そしてゆっくりと部屋にかけられていたこの部屋でただ一つの家具――時計に目を向けました。時計が示しているのは十三時です。

「十六時にセットしてある。まだ時間は残っているじゃないか」

「何日の?」

「――今日に決まっているだろう」



「もしその今日が、おっちゃんの望む今日じゃなかったとしたら?」



 ● ● ●


 滝野廉太郎に関する報告書。

 …

 ……

 ………


【備考】

  氏が実験を開始した数分後、滝野氏の研究所付近に大規模な停電が発生。原因は強風により制御を失ったヘリコプターが電線を切断したからという調査結果がでている。これにより、滝野氏の研究所内の電力も一時的に絶たれてしまう。この結果、生命を維持していた装置などの動作も停止してしまい、身体が蘇生する前に死亡したため、魂のみが現世に残留するという事態になったとみられている。なお、本人が意識を取り戻したのは蘇生する予定であった日の翌日である。


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Twitterでお世話になっている二月最中さんが、別の「葬儀屋」たちの物語を書いてくださいました!
こうやって、登場人物をどんどん増やして別の物語を作っていけるところが組織物の魅力だと思っているのですが、
それをまさか他の方にやっていただけるとは! と大感激でした。
最中さんのオリジナル「葬儀屋」、野城さんと葛城さん。
野城さんの飄々とした感じ、でも最後にふっと見せる真面目な顔、に、
完全にやられてしまった読者がここに一人居ることを告白させてください……素敵……。
ちょっとトリッキーなストーリー展開も魅力的でした!
私にはとても書けない「葬儀屋」エピソードが読めてとても新鮮で嬉しかったです!

二月最中さま、本当にありがとうございました!


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