・・・【caution!】本編のネタバレを一部含みます。本編読了後にお楽しみください。・・・
ゴトン…… 椎名は執務室のテーブルの上にある物を置いた。 テーブルの向こう側の机でデスクワークをしていた常磐は、その音と同時に顔を上げる。隣の机の狭霧も同様である。 「どうしたのですか?」 常磐はペンを置いて尋ねてきた。 いつもならペンも置かずにすぐに椎名から視線を切って作業に戻るというのに、今日はじっくり話を聞こうという体勢だ。 きっと椎名のいつもと違う雰囲気を感じ取ったのだろう。 もっとも、そんなにじっくり話す内容があるわけでもない。 「預かっといてくれ」 椎名は短くそう言った。 常磐は言葉を返す代わりに眉を少し上げた。 狭霧は目を見開いている。 椎名がテーブルに置いたのは、いつも腰にぶら下げていたもの。 今までどんな相棒よりも信頼していたもの。 そして、椎名の『衝動』の象徴であり嫌悪すべきもの。 黒い鞘に収められた、黒い持ち手の刀。 今まで肌身離さず、気が落ち着かない時は寝ている時まで握っていた刀だ。 それを常磐に預けると言う。 「椎名……」 狭霧は驚きを隠せない感じで小さく呟いた。 常磐は何も言わずに瞼を閉じ、そしてもう一度開いてその赤い目で椎名を見た。 椎名は視線を反らさない。 常磐も、どうやら本気らしいと感じとる。 常磐は小さく息を吐き出し、そして立ち上がりながら言った。 「まさか『葬儀屋』を引退するのではないでしょうね?」 その言葉に狭霧はハッと常磐を見たが、その横顔を見てそれが本気ではないとすぐに察した。 同時に椎名も察する。 半分冗談で返してくるということは、椎名の真意を理解したということだ。 そうでなければ、こんなに容易くは言わないだろう。 この手の冗談に付き合ってやる義理はないが、頼んでいる以上答えないわけにもいくまい。 「まさか。そんなことしたら、それこそ影になっちまう」 「ほう。意外と客観的に自分を見られるんですね」 「言ってろ」 「ではなぜです?」 執拗に聞いてくる。 常磐の嫌がらせだろうか。 いや。 常磐自身、椎名からその言葉を聞きたかったのかもしれない。 なんせ元相棒だ。 「『衝動』を飼いならすためだ」 きっとこの『衝動』は消えない。消すことはできない。 ならもうこれと上手く付き合っていくしかない。 爆弾を抱えているようなものだ。 いつ爆発してもおかしくない。 今度爆発したら、もう終わりかもしれない。 爆発するということは、『衝動』と折り合いを付けることに失敗したことになるのだから。 誰よりも自分が自分に呆れ、見限るかもしれない。 そうなれば、文字通り闇という名の影だ。 でも、起こるか分からないことに怯えていては何も始まらない。 だから……。 「だから手始めに刀を手放そうと思ってな」 そこで椎名は一つ息を吐いた。 自分の決意表明。 これでもう後には引けない。 「まるで荒療治ですね。まぁ、貴方らしいですけど」 そう言われて常磐から視線を外したが、外した先では狭霧が嬉しそうに笑っていたので反対側に視線を振った。 その間、常磐は振り返って後ろの本棚下段の扉を開け、黒い箱を取り出した。 「まさか、丸腰で『葬儀屋』を続けるつもりではありませんね?」 言いながら、どんと黒い箱を自分の机の上に置く。 常磐の質問に椎名は「ああ」と短く答えた。 それを聞いて常磐はその黒い箱を開ける。 そこには黒い銃とホルスターが入っていた。 あの日、目覚めた椎名に渡すはずだったものだ。 「まさかこんな日が来るとは思いませんでした」 と言いつつ、常磐はこんなにもすぐ出せる場所に椎名の銃を仕舞っていたのだ。 常磐は銃を取り出し、マガジンを出し入れしたり、スライドの具合を確認していた。 スライドしたところから銃身を覗き、専用のブラシで掃除する。 長らく仕舞っていた物だ。 最後にウエスで多少の埃も払って、それを椎名に差し出した。 「FNファイブセブン。装弾数20発。まあまあ軽いほうですが、威力は充分ですよ」 椎名は常磐から銃を受け取る。 変な感覚だ。 ほぼ片手で収まってしまう武器。 これからこんな小さなもので仕事をするのだ。 「貴方の振るう刀のように一撃必殺とはいかないかもしれませんが、まぁ貴方なら使いこなせるでしょう」 これからこれが椎名の相棒になる。 いや、していかなくてはいけない。 椎名も常磐の真似をして、一通りいじってみる。 銃は撃ったことがない。 たぶん生きている間もなかっただろう。 もちろん刀だって生前振るったことはなかったはずだが、でもあれは本能が、『衝動』が求めたものだった。 理性的に選んだこの銃は、果たして椎名に馴染むだろうか。 「弾はないのか?」 椎名が常磐に聞いた。 弾がなければ、宝の持ち腐れどころか張子の虎にすらならない。 「ここにはありません。今から案内しましょう。これから貴方も行くことになるでしょうからね」 そう言って常磐は行っていた作業の中断合図であるかのように、開いていたノートを閉じた。 それに倣って狭霧もノートを閉じ、立ち上がる。 「ガキの使いじゃねぇんだから。一人で行ける」 「もちろんこれからは一人で行ってもらいます。でも今回は初めてでしょう?上司の確認もなしに独断先行だと思われたら、僕の方としても厄介なのですよ。これは決まりなんです。諦めてください」 それに対して椎名はチッと舌打ちをして踵を返した。 執務室から出てきた椎名を確認した胡蝶だが、その後に常磐と狭霧も続いていることに少なからず驚いていた。 「なに?どうしたの?」 と聞いてくる胡蝶。 それに対して椎名は「なんでもねぇよ」と返すだけだったが、あっさり狭霧が「椎名の銃使用登録と弾をもらいに行くのよ」とばらし、あっさり胡蝶が「じゃああたしも行く」と言ってきた。 「あんたには関係ない。残って仕事でもしてろ」 胡蝶の顔に指を差しながら言った。 「椎名君を待ってる間に終わらせたもん」 胡蝶も反撃に出る。 最近椎名を怖がらなくなったが、その弊害として言い逆らうようになった。 じゃあ俺の仕事を代わりにやっとけと言おうとしたが、この前も同じ手口で胡蝶に仕事を押し付けたことを思い出して今回は諦めることにした。 椎名たちの部屋があるところから1フロア下にそれはあった。まだ正確な場所は覚えていない。 最初の時には上司二人の署名が必要らしい。そこに椎名のサイン。 さらに加えて弾をもらう時にも自分のサインが必要らしかった。 刀は一度登録してしまえばそれっきりなのに、銃とはなんとも不便なものだ。 ただでさえ人付き合いが苦手な椎名が、さらに人と接する機会が増えてしまった。 でもこれは胡蝶を使いにやらせればいいかと、椎名はサインを書きながらそう思った。 こうして手続きは終了。 椎名の銃に合う替えのマガジン4つを受け取り、もともと入っていた空のマガジンは向こうに引き渡した。 マガジンを装填し、スライドを引く。 カチャリと弾が装填された音がする。 あとはトリガーを引くだけ。 おかしな気分だ。 人差し指一つで戦いが終わるだなんて。 今までは刀を力いっぱい握り締めて、影の懐に入り力いっぱい振り抜く。 影のどこに当たろうが関係なかった。 当たればダメージになる。あとはそれを繰り返すだけだった。 でも銃は違う。 ある程度距離を保って標準を合わせ、ブレないように引き金を引く。 刀に比べるととても繊細な武器だ。 そんなことを思いながら椎名がまじまじと銃を見ていると、常磐が椎名の肩を手でポンと叩いた。 そんなに深く考える必要はない、と言うように。 今はそうだろう。 でも刀がそうであったように、きっと銃には銃ならではの問題が生じるだろう。 椎名だけが味わうかもしれない苦痛を。 でも今それを悩んでいても始まらない。 それを甘んじて受け入れる覚悟は、もう刀を手放す前に終わっているはずだ。 「ちょっと撃ってみますか?」 そういったのは常磐。 まさか今から実践?と思ったが、指を差したのは奥にある扉だった。 そこはいわゆる銃の射撃訓練所。 みんな一度は来る場所だ。 いくら『葬儀屋』として目が覚めた瞬間から自分の武器が決まっていてある程度扱えたとしても、いきなり実践でそれを扱うことはできないだろう。 運命のように自分に合う武器が決まっているとしても、熟練した使い手になれるかというと運命はそこまでは面倒を見てくれないらしい。 まず常磐が扉を開けて入り、その後に狭霧が続く。 そして椎名が入ろうとしたところでいきなり胡蝶に割り込まれた。 椎名がここに来るのは初めてだ。 幸い椎名たち以外には誰もいない。 刀が代名詞の椎名が銃をもってこんなところに来たとなればそれなりに騒ぎになるだろう。 といっても、いずれ…早ければ今日中に知れ渡ると思うが。 一般的な射撃場と同じく、仕切りごとに一人ずつ立てるようになっていて、奥に的がある。 でもその的は人の形ではなかった。 よく白地の紙に黒い人型のシルエットが描いてあり、頭と心臓のところに十字の的がついているものがあるがここでは違う。 『葬儀屋』の相手は人間でもなければ人間の形をした相手でもない。 姿形を見失った黒い影だ。 椎名はその楕円の黒い的を見た。 楕円の黒を撃ちながら、みんな何を思っているのだろう。 そんなことを考えていると、下の方から視線を感じた。 だがこのメンバーでこんな下から視線を向けるのは一人しかいない。 胡蝶だ。 なぜかは知らないが自慢げな顔を向けている。 その視線に鬱陶しくなり、つい「なんだよ」と反応してしまう。 「椎名君、銃を撃つの初めてでしょ?あたしが教えてあげる!」 椎名は、はぁ?という顔をするが、拒否する暇を与えてはくれない。 「銃ってね、けっこう難しいんだよ?椎名君に扱えるかなぁ。」 「それはいいですね。ぜひ椎名に教えてあげてください」 これにつかさず乗っかるのが常磐だ。 椎名は狭霧に目を向けたが、小さく肩をすくませて終わった。 狭霧だって仕事があるだろうに。そしてそれ以上に常磐は仕事があるだろうに、こんなところで油を売っていていいのか。 相変わらず胡蝶に甘い。 いや、椎名が厳しいだけか? 「椎名君、聴いてる?」 という胡蝶の言葉で我に帰った。 胡蝶は自慢げに自分の懐から銃を出す。 SIGザウアーP230。 小型で突起部も少ないため、滑らかな形状で上着の下からでも素早く取り出せる。 しかし胡蝶にこれがあてがわれたのは、その軽さだろう。装弾数も7発しかない。 でもこれぐらいが胡蝶にはお似合いだ。 「いーい?」 自信満々に胡蝶が説明を始める。 「銃は両手で持って、足は肩幅だよ?当てたいところと照準を合わせて、引き金を引くの。えーと、今から引くからね」 教えてる方が緊張してどうする。 もっとも、胡蝶だって銃を撃つのは久しぶりのはずだ。相棒の椎名でさえ、前回いつ撃ったかを思い出せない。 それは裏を返せば銃を撃つ状況になっていないということで、仕事がうまくいっている証拠でもあるのだが。 「よし!引き金を…引く!」 胡蝶は右手に力を込める。 しかし銃声は聞こえず、弾は発射されなかった。 戸惑っている胡蝶に、狭霧が小さく「セーフティー」と呟いた。 「そうそう。このセーフティーを解除しなきゃね。普段はしっかり掛けとかないとダメだよ?」 そんな当たり前のことを上から目線で言われても。 視界の端で常磐を見ると、変わらない表情の裏で笑っているのが見えた。 「じゃあいくよ?椎名君見ててね?」 そして銃を両手で握り直し、足の位置を確認して、胡蝶が銃を撃った。 ダーン!!!という音の後に聞こえてきたのは、弾が的ではないどこかに当たった金属音と、胡蝶の「きゃっ!」という声だった。 穴が開くどころか揺れもしない的から視線を移せば、胡蝶が足元で尻餅を付いていた。 教えてやるなんて言いながら、それじゃあ実践で死ぬぞ? お尻をさする胡蝶を、狭霧が優しく手を貸して起こしていた。 「えへへ、失敗失敗。もう一回ね」 胡蝶が何回やったところで椎名が学べることはないと思うが、狭霧が「大丈夫?」と声をかけていたので椎名はなにも言わなかった。 「銃を両手で持って、足は肩幅に開いて踏ん張る。的をよーく狙って……」 椎名に説明するというより、明らかに自分に言い聞かせている。 その後ろでは、狭霧がまた転んだりしないようにと、スっと胡蝶の背中を押さえていた。 「椎名君、いくよ!」 さっさといけと思ったが、1回目より決断が早くなった事は褒めてやらないでもない。 絶対口にはしないが。 ダーン! 高らかな銃声のあとに、今度は金属音も小さな悲鳴も聞こえなかった。 でもやっぱり的は相変わらず。 その後ろのコンクリートの壁に穴が開いていた。 「椎名君、分かった?」 何を?と言おうとしたが、言うのすらバカバカしくなった。 その代わり、胡蝶が狙っていた的を今度は椎名が狙う。 わざと胡蝶の教えは無視して、体を横に向けて片手で持ちながら撃った。 ダーン!ダーン!ダーン! 続けて3発。 中心には程遠いが、一応全弾的には当たった。 初めてにしては悪くない。 やはり『葬儀屋』としての一定のスキルはあるのだろう。 的が手前まで動いてきた。 もう少し慣れてくれば狙いを中心に集めるのも難しくない。 その的を見ながら胡蝶がポカーンとしている。 椎名が胡蝶に目を向けると、胡蝶は睨み返してきた。 そして「椎名君のイジワル」と一言。 悪いのは俺か?と言おうとしたが、そのやり取りすら常磐に笑われそうでやめた。 その代わり、胡蝶のオデコを小突いてやる。 「うー」と口を尖らせる胡蝶。 脇では胡蝶が狭霧に「胡蝶も上手くなるわよ。実際に命中させたことだってあるんだから」と慰められていた。 こんなママゴトに付き合ってる暇はない。 確かに一度試し撃ち出来たのは大きかった。 でももうその目的は達成した。さっさと帰ろう。 俺が先に戻れば、胡蝶もいずれ戻ってくるだろう。頬を膨らませて。 と、そんなことを椎名は考えていた。 次の会話が聞こえてくるまでは。 「狭霧さんは上手いんですか?」 胡蝶が何の気なしに聞いた。 出口に向かいそうになった椎名の足が止まる。 それは椎名にとっても興味深い質問だ。 狭霧の腕前はどうなのだろう? デスクワークが染み付いていて、銃を撃つ姿が想像できない。 常磐のパートナーを務めているのだから下手ということはないだろうが。 「私は……」 少し躊躇う狭霧。 腕に自信がないのだろうか。 それとも過去の任務で嫌な思い出でもあるのだろうか。 「狭霧さんの銃を撃つ姿、見てみたいです」 目を輝かせながら狭霧に言い寄る胡蝶。 練習やお手本などではなく、ただ単に好奇心というだけのようだ。 「じゃあ、1回だけ」 やっぱり胡蝶に甘い。 狭霧は一人で先ほどの窓口に言った。 今自分のは持っていないので、そこで借りてくるというのだ。 「遊んでる場合かよ」 待ってる間に椎名が胡蝶に言う。 「ふん。椎名君、イジワルだからもう何も教えてあげない」 たぶん胡蝶から教わることは何もないだろう。 さっきので確信した。 「あんたもこんなところで油売ってていいのか?」 ワーカーホリックの常磐にあえて言ってやったが、「気分転換ですよ」と返された。 まぁ、この程度で仕事に支障をきたすような奴ではないことは分かっているが。 そんなことを話していると、狭霧が帰ってきた。 でも手に持っているのはライフルだ。 胡蝶が銃を持つのはギャップがあるが、ショートカットでスーツを決め込んだ狭霧がライフル銃を持っているのはなんだか様になる。 常磐が「ウィルディ・マグナムは無かったのですか?」と聞いていることから、本来の狭霧の銃とは違うらしい。 ウィルディ・マグナムはシルバーモデルしかない短銃。 狭霧の銀のロングピアスにとても似合う綺麗な銃だったのを、なんとなく覚えている。 常磐が言うところの「気分転換」だからそこまでこだわる事もないのだろうが、短銃とライフルでは構え方から撃ち方までかなり違う。 いきなり撃てるものなのだろうか。 狭霧が持ってきたのはモシン・ナガンM1891/30。 ライフルとは元々遠距離から狙うものだが、これにはスコープもついてさらに遠くからでも正確に的を狙えるようだ。 普通の銃と比べてライフルは弾の入れ方が全然違うが、狭霧は器用に弾を込めていく。 愛用の銃とは違うが、狭霧はライフルの心得もあるようだ。 5発込めたところで狭霧は的に向かって立ち、ボルトを引いて弾を装填する。 立ち位置を決め、肩で抑えてライフルを構える。 胡蝶は「格好良い」と呟いて見惚れていた。 しばらくの静寂の後、狭霧はライフルを撃った。 ダーーン!という銃声がと共に的に穴が空いた。命中だ。 狭霧はボルトを引いて空薬莢の排出と弾の装填を行い、再びライフルを構える。 その間、約1秒。 ダーーン!ダーーン!ダーーン!ダーーン! 狭霧がライフルを撃つ度に短い髪が揺れ、ロングピアスが踊る。 華麗な銃裁きで、ボルトアクション方式の銃でありながら素早く5発の弾を撃った。 この動きだけでかなりの腕前であることが分かる。 的が手前に向かってきた。 でも穴は1個しか空いてない。 「あれ?狭霧さん。1発しか当たってないよ?」 でもあれだけの動きができる狭霧が下手なわけがない。 「よく見てください。その穴、少し大きくありませんか?」 常磐に言われて、胡蝶がまじまじとその的を見る。 確かに大きい。 狭霧は同じ場所を狙って、的確に撃ち抜いていたのだ。 いくらライフルとはいえ、ここまで出来るものか? 「腕は落ちていないようですね」 相棒の射撃に常磐は満足そうだ。 「流石だな」 椎名も狭霧に言う。 「ちょっと柄にもなく5発も撃っちゃったわ」 やはり狭霧も気分転換がしたかったのだろう。 「セミオートもあるんだろ?なんで手動なんだ?」 「確かにセミオートの方が楽だけど、正確性に限界があるのよ。慣れてくればボルトアクションもそんなに苦じゃないわ」 それは今のを見てて分かった。 きっと『葬儀屋』内で射撃大会でもやったら、狭霧は優勝できるのではないか。 椎名は他の仲間の銃の腕前は分からないが、そんな予感はした。 「狭霧さん、すごーい」 胡蝶は素直に手を叩く。 「私もライフルにしようかな…」 と、胡蝶がとんでもないことを言い出した。 ライフルといえば後方支援だ。 胡蝶に後ろから銃を撃たれたら、影より先に殺されちまう。 普通に銃を撃つのだって心配なんだ。 椎名が「あんたには無理だ。やめとけ」と言うと、胡蝶は頬を膨らませた。 本当のことだ。 「銃は私の方が先輩なんだよ!」 「腕は俺の方が上らしいがな」 椎名にそう言われ、胡蝶は言葉を詰まらせた。 胡蝶が椎名に勝てることなんてそうそうないだろう。 あるとすれば人付き合いぐらいか。 別に羨ましいとは思わないが、『葬儀屋』の仕事では一番必要な能力だろう。 「まぁ、銃を使うような事態にならないように、せいぜい頼むぜ」 「また私に押し付ける気?」 「適材適所だよ」 そうして椎名は事務所に戻ることにした。 適材適所。 きっと椎名にとってこの立ち位置が一番いいのだろう。 常磐が関心があるのかないのか分からない態度をとり、狭霧がすべてを理解して先を見越す。 そして胡蝶が椎名の周りをちょこちょこ動いている。 決して理想とは言えないが、落としどころとしてはそれなりにいいほうだろう。 こんな再出発も悪くない。
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Twitterでお世話になっている純桜さんが、「葬儀屋」のエピソードを書いてくださいました! 時間軸は本編終了後、椎名が「衝動」の象徴としての刀を手放そうとする、そんな頃のお話です。 なにが嬉しいって、刀を手放そうとする椎名の心情をとても丁寧に描いてくださっているのです。 銃を「刀に比べるととても繊細な武器だ」と感じるのは、 力任せの乱暴な戦いかたをしてきた椎名だからこその感慨ではないかなと思いました。 そして、この、胡蝶の可愛さと狭霧の格好良さは一体なんなのでしょうか……! 罪……! 銃の描写が非常にリアルで感激しました……! 純桜さま、本当にありがとうございました! |