それからどれほどの月日が経っただろうか。 常磐と椎名は、互いに執務室のソファに座っていた。一人は黙々と書類を眺め、もう一人は退屈そうに背もたれに寄りかかっている。 (こうしていると、まるであの頃のようですね) 常磐は眺めていた書類から少しだけ目を離し、椎名の姿を盗み見た。 向かい側に座る青年は、腕を組みながらじっと目を閉じていた。その顔に、いつものサングラスはない。コーヒーの湯気で曇るのが億劫で外したのだが、それが冷め切った今となってもかけ直さない。面倒くさがりな彼のことだから、きっとかけ直すのが億劫なだけだろう。時折首をかしげるのは、外の陽気に当てられてだろうか。 かつて“ (予想以上でしたね。まさかここまで変わってくれるとは思いませんでした) 常磐は満足そうに笑みを浮かべる。口元を隠すように書類を寄せれば、インクの匂いがかすかに香った。書類の内容は、椎名たちが還した死者たちのリスト。その中で始末によって処理した数は――― 相棒が新人の少女に変わってから、椎名の始末回数は少しずつ減ってきていた。その上、ここ最近では、書類上から“始末”という二文字は見なくなってきている。コンビを組んでいた頃には想像もできなかったことだ。 それというのも、椎名の相棒である胡蝶が恐怖におびえながらも彼に尽くし、椎名もまた、その想いに応えるように己の衝動と向き合った。その結果が今の関係であり、彼の腰に収められた銃である。彼の本当の相棒であった刀は、衝動とともになりを潜めていた。 無論その苦労も生半可なものではなかったが、結果としてそれ以上の成果が上がったなら上々だ。 (本当に変わりました。椎名も・・・・・・僕自身も) 常磐は書類に顔をうずめるように、ゆっくりと目を閉じる。肩口に結わえていた髪が、動きに合わせてさらりと落ちた。 椎名と離れたのちに第三班長という立場につき、多くの出会いと別れを経験した。その別れは自らの手で行ったこともあったし、自らの口でその宣告を部下に下したこともある。それでも常磐は強く心を揺さぶられることなく過ごしてきた。 けれども今、この瞬間にも流れる日々を失ったらどうだと言われれば、口ごもってしまうだろう。それだけ彼らと過ごしてきた年月は、慌ただしくもあり、充実した日々でもあった。自身の心の内を突き動かすには、彼と共に生きた日々は十分すぎるほどのものなのだ。 (手間のかかる子ほど思い入れも深まる、と言いますしね) 教職についた覚えのない常磐は、内心でそっとつぶやいた。口に出してしまえば、やれどの口が言ったのかと苦言を浴びせられることだろう。 それは上司か、元相棒か、それとも現相棒か。 良き相方に恵まれたのは、椎名だけではないのだ。 「・・・・・・なんだ。なんか不備でもあったのか?」 聞きなれた声に呼びかけられ、自分がまたいつの間にか彼を観察していたことに気づく。短い黒髪を節くれだった手のひらで掻きながら、椎名が困惑した表情でこちらを見つめている。眉間に寄ったしわは不機嫌というより、書類の不備によるやり直しを懸念して浮かび上がったものだろう。かつて殺気立って睨みつけてきた真紅の瞳も、今は面倒くさそうな感情が読み取れた。 「いいえ、不備はありませんでしたよ。ただちょっと、昔を思い出していただけです」 「昔?」 「ええ、貴方も僕も、ずいぶん丸くなったものだなあと思いまして」 「・・・・・・はあ?」 椎名が言葉の意味を問いかけるよりも早く、執務室のドアがノックされる音が聞こえた。胡蝶がようやく書類を探し当ててきたのだ。 椎名の様子に困惑した表情を浮かべる胡蝶を座らせ、最後の書類を確認する。無論、この一枚にも“始末”の二文字はない。 常磐は満足そうに頷きながら、さっそく次の仕事の話を切り出した。 窓から差し込んだ陽光が、今日も葬儀屋たちの働くさまを、文字通り暖かく見守っている。
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相互リンク先の白乙さまが、椎名と常磐の過去話を書いてくださいましたー!! このボリュームでこのクオリティ……! 感動です。もうこの二人これが公式設定で良いと思った!! 椎名が胡蝶との出会いをきっかけに少しずつ変わってきた、というのは 私の中でもはっきりと決まっている設定だったのですが、 常磐の変化というのは新鮮な視点で面白かったです。 そうか、これだけ面倒な後輩持ったらさすがの常磐も変わらざるを得ないよな……。 あと、壊れてる椎名が見られて個人的には大変満足です!(自重) 白乙さま、本当にありがとうございました! |