・・・【caution!】常磐×狭霧注意・・・
もしも、仮に。彼と私が、生きている頃に出会っていたら。 機械的に動かしていた右手の人差し指が、止まった。 「何を考えているのですか」 隣から聞こえてきた声を受けて、狭霧は顔を上げた。視線をそらして、自分の隣に座る常磐を見る。つい先ほどまで自分がしていたのと同じように書類を見ていた常磐が、デスクの上に書類を置いた。ぱさ、と乾いた音が班長室に、無意味に響く。 「何、って?」 誤魔化すように、狭霧は聞きかえす。しかし、そんなことが無意味なことぐらい、狭霧は知り得ていた。それでも、少しだけ、誤魔化したいと言う願望があった。 「そのままの意味ですよ、狭霧」 常磐が狭霧に顔を向ける。不意に呼ばれた名前には、一体どんな意味が込められているのだろうか。狭霧には、解らない。常磐の紅い瞳は、目の前にいる対象の心理を射抜くようで、それでいて、自らの心理を一切見せないような、そんな色を灯していた。 「貴女の手が、止まっていましたからね。何か、気になることでもあるのかと思いまして」 「気になること」 狭霧は常磐の視線から逃げる気持ちを込めながら、書類に視線を戻す。 椎名と胡蝶が片づけた一件。胡蝶の丁寧な字で書かれているのは、その死者が女で、先に逝ってしまった恋人の男を探しさまよっていたという内容。葬儀屋としては、ごくありふれた一件である。一緒に死んだ人間の一人だけが取り残されてしまう事など、よくある話。 それが、どうして気になったのか、と、問われれば。 「そこまでして、恋人と一緒がよかったのかしら」 顔を上げ、遠くを見るようにして狭霧は常磐の問いに答えた。 「生きていた頃は、私も、そんな風に考えていたのかしら」 続いた言葉は、常磐の問いに対する答えではない。自分に問う、無意味なもの。そう解っていても、口から出てしまった以上、消すことはできない。 「それは、今も同じなのでは?」 「今?」 どういう意味なのか、尋ねようとした狭霧の言葉は、遮られる。唇に重なる感触は柔らかく、そして、一切のぬくもりを持たない。葬儀屋になってから他者に触れることなどそうそうなかった狭霧にとって、その感触は、初めて経験したものだった。それは果たして、相手も同じなのだろうか、それとも。 数秒の沈黙。室内には、一切の音が発せられなかった。沈黙を破ったのは、ようやく唇が解放された、狭霧だった。 「……これは、どういう意味、かしら」 「ご想像に、お任せします」 狭霧の動揺を知っているはずの常磐は、平然とした表情で――いつもと変わらぬ仮面の笑みで、狭霧に言う。それから常磐は何事もなかったかのように書類の続きに目を通し始めた。狭霧は、しばらく常磐の方を呆然とした表情で見ていたが、身体を元の方に戻して、小さく俯く。 先ほどまで唇にあった感触を確かめるように、そっと、自分の唇に人差し指を当てる。 「……君は」 こぼれた言葉には、動揺は含まれていない。常磐は、書類を捲ろうとした手を止めて、狭霧の方を、視線だけで見る。狭霧も、常磐に顔を向けることなく、言葉を続けた。 「何を考えてるか、解らない死人だね」 「……よく言われます」 口の端を小さく上げる常磐。その感情の意味も、意図も、狭霧には、解らなかった。
**********
誕生日祝いに、相互先の桃月ユイさまが常磐と狭霧の大人話を書いてくださいました……! 自分じゃまず書かないタイプの話なのでテンション上がってしまいました!! なにが大人って、常磐が攻めてるんだか誘ってるんだか判らないあたりが 非常に大人だと思うのです(真顔) というより狭霧視点ってなかなかないのでそのあたりも新鮮でした。 もうこの二人公認で良いと思っ……以下略。 桃月ユイさま、本当にありがとうございました! |