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葬儀屋
「ひとおし」

 これはどういうことなのだろう、と僕は自問した。
 白い待合室に白衣が行き交う。モスグリーンのソファには老若男女がぽつぽつと腰を掛け、クリーム色の床を車椅子が横切る。疲れた表情、順番を待つ無表情、談笑する二人組。
 床にぺたりと座りこんだままで、僕はぼうと辺りを眺めている。見慣れた景色のはずだったが、視点が変わるだけで微妙に印象が変わるものだなと、どうでも良いことを考えた。少なくとも、看護師の脚ばかりをこんなに見たことなどない。
 視点が――違う。
 病院の床に座りこむなど、子供でもないのに非常識だ。そのくらいの常識は持ちあわせていたが、誰にも咎められないのを良いことに、同じ姿勢でずるずると居座っている。せめてあのソファの端にでも座るべきではないのか、と思いながらも、それは無駄だとどこかで知っているようでもある。なぜ無駄なのかはわからない。とにかく無駄だ。努力するまでもなく。そもそもなぜ、病室を抜けだして待合室などに居るのだろう。おかしいじゃないか、根本的に。
 わからない――わからないはずは、ないのに。
「こんにちは」
 どこからともなく穏やかに声がかかり、ふと顔を上げた。誰も居なかったはずの椅子の前に、二人の男の姿を認める。肩までの髪を短く束ねた優男と、酷く背の高い仏頂面のサングラス。真逆な印象の二人組は、ただ色彩だけが共通していた。黒いスーツに黒ネクタイの喪服姿。そして、血のように紅い両眼。
 異様だ、と思ったが、思っただけだった。考えることにも感じることにも、もう疲れているようだった。
 優男がしゃがみこみ、紅い眼で僕を見て笑う。視線を合わせようとしているのだと気づくまでにしばらくかかった。
「こんなところで、なにをしていたのです」
「なに、って」
 久しぶりに聞く自分の声はかさかさに乾いていた。意識は茫漠としている。優男の眼差しだけが、圧倒的な存在感を持っている。優男の向こうで、長身がサングラス越しに、興味もなさそうにこちらを眺めているのが窺える。視線から逃れたくとも、あの威圧感では救いになるまい。
 なにを、しているのだろう。
「どこまでご記憶ですか」
 笑みは穏やかだったが、畳みかけるような問いだった。思考しようとする意志に、意識が追いついていかない。
 僕は片膝を抱えている。瞬きもできずに、正面の微笑を見つめている。小さく混乱し、全てを漠然と放棄している。
「……わかりません」
「ここがどこかわかりますか」
「病院です」
 やっと答えが口をついた。病院。そうだ。ここは、僕が――。
「入院してたんです」
 掠れた声で答えると、優男が満足げに笑った。
 ――入院。
 その言葉が、淀んでいた[せき]をゆるりと切る。
 なにかを。思い出しそうな気がする。
「今朝、……手術を」
「手術を受けたんだ」
 ためらいがちな僕の言葉を、長身が断定的に受けた。サングラスの奥の眼はほとんど見えなかったが、鋭すぎる眼つきは雰囲気だけで嫌でも知れる。
「手術」
 緊張のせいか、勝手に鸚鵡返しが漏れる。自分の声を聞いた瞬間、――はっとした。
 ストレッチャーに寝かされ、全身麻酔をかけられた。しっかりやれよ、と声を掛けられ、笑ってVサインを返した。二本の指をぴんと立てる、それだけの仕草が巧くできないことに苛立った。そんなことまで憶えている。大手術、だったのだ。長期入院で疲弊しきった僕の身体が耐えきれるかどうか判らないほどの。
「わからない、などとは言わせませんよ」
 紅い眼に吸いこまれそうな気がした。呼吸をするのを忘れていた。けれど呼吸など必要のないことに、気がついてしまった。
「もう一度伺いましょう。貴方は――どうなったのですか」
 微笑が形を変えている気がする。やっとのことで逃げるように視線を逸らすと、仏頂面のサングラスが、興味もなさそうに腕を組んでいるのが見えた。けれど黒いレンズの向こうから、彼は僕を見ている。そんな気がする。
 二人を等分に見て、僕は、言った。
「死にました」
「……あんたの葬式、挙げにきたぜ」
 独り言のようなサングラスの呟きで、僕はすとんと理解する。嗚呼、と腑に落ちた溜息。ふと見下ろした膝頭が、空気に溶けて透けていく。然るべき展開だ。なんだ、簡単なことじゃないか。少し笑う。視界が霞んで消える。意識がどこかへ遠ざかる。
「あんたも良い性格してるよな……」
 サングラスが優男にそう呼びかけたのを、意識の最後の一欠片で聞いたような気がした。――暗転。

――了

**********

龍川みなもさまから誕生日祝いイラストを頂戴しておりましたので、御礼に掌編を書かせていただきました!
リクエストは「椎名と常磐のコンビを第三者視点から」でした。
さて、誰の視点で書こうか……と迷ったのですが、輪廻へ還される死者の視点を選択してみました。
改めて書いてみたら、「心情描写を抜いたら椎名の描写ってこんなに減るのか……!」と
思い知らされてしまいました←
正直椎名が一言も喋らなくても仕事は完遂できた気がするんだ(笑)
死者視点の心情描写を完全に省いて書くのはなかなか新鮮な経験でした!
宜しければ貰ってやってくださいませ。ありがとうございました♪

【追記】なんとみなもさんが挿絵をつけてくださいました!! 感激のクオリティですのでぜひご覧くださいませ!


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