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葬儀屋
「天に吠える -side φ-」

・・・【caution!】鐘夜さま宅「Dragon's Echo 天に吠える-Midnight-」のネタバレを含みます。未読の方はご注意ください・・・

【空集合 くうしゅうごう】
 数学で、要素(元)を一つももたない集合。記号φ(ファイ)で表す。


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 朝陽は裏切らない。地上であればどこであっても、時間が経てば朝が来る。平和な村であろうと、壊滅した町であろうと、朝陽は平等に降りそそぐ。そういうものだ。
 高台から町を眺める女性に、ブラックスーツの少女が歩み寄る。物静かな風景にただひとつ異常だったのは、二人のいずれも、地面に影を持たないということだった。
 彫像のように動かない後姿に、胡蝶がそっと声を掛ける。
「……ひどいですね」
 メロディアが、朝陽を背負って振りかえる。少女のような面差しを、憂いが色濃く覆っていた。その表情を見た胡蝶が、微かに動揺を閃かせたのを認める。――致し方あるまい。たった一晩で壊滅した町をずっと見つめていればこんな顔にもなるだろうし、その表情を突然目の当たりにすれば狼狽えもするだろう。ましてそれが胡蝶ならなおのこと。
 口を挟むのはやめて、椎名はメロディアの眺めていた方角に視線を遣った。
 爪痕、という言葉がある。あるいは、傷痕という言葉が。普通それは比喩であって、文字通りの意味で遣われることはまずない。しかし眼下に広がるのは、確かに現実の爪痕を残す光景だった。暴走した竜による――爪の、牙の、尾の、足の、痕。壊れた町に残されたのは、生々しい傷跡ばかり。
 歪んだ柵と崩れた壁に眼を留めて、その瞬間を想像しようと努めてみたが、すぐに放棄した。そんなことをしたとて無駄だ。獣の暴走というものは、少なくとも、理性を持っている状態の人間に想像できるものではない。
 犠牲となった女性の横顔を、見た。唇が微かに動く。
「天罰だよ」
「天罰?」
 平坦な言葉に胡蝶が問い返すと、彼女は頷いて複雑な微笑を浮かべた。
「御したつもりになっていたんだ。……傲慢すぎたのかもしれない」
 それは自省だった。竜とともに生きてきた民の嘆きであり、後悔であり、なにもかもを信じたくないという本音でもあった。
 咄嗟に、胡蝶に一瞥を送る。一瞬の牽制に気づくだろうかと小さく懸念したが、軽く顎を引いてみせたのは、たぶん頷きの意味だろう。
 ――違うのだ。
 それは決して、メロディアが悔やむような問題ではない。ただ一人の青年の行動が、彼の思惑とは外れて作用しただけの話。そこで彼女が生命を落としたのも、彼女の教え子が黒神竜[ディモニック・ドラゴン]を従わせるに至ったのも、それに付随する事故の一つでしかない。但し、――。
 ――今のこいつにそれを言うべきじゃない。
 壊れた町を見つめる憂いの眼差しは、真っ直ぐ教え子に向けられている。それならその元凶に触れることもないだろう。知らないほうが良いことというのは、確かに、在るものだ。
「なにを、されていたんですか。こんなところで」
 胡蝶が穏やかに問いかける。町ではない。訊きたいのは、彼女自身のことだ。
 メロディアはためらうように視線を逸らし、また名残惜しげに町を見下ろした。誰も、なにも、居なくなった町を。
「……見て、いた」
「心配なのか」
「心配だよ。心配しないわけがないじゃないか」
 無造作に鎌をかけると、きつい眼差しで椎名を振りかえる。絞りだした言葉が彼女の全てだった。
「私は、あの子の先生だ」
 ――大丈夫、君は私が守るから。
 ――先生、がんばって。僕もできるだけがんばってみる。
 守ると言いきった教え子を守れなかった後悔。けれど、彼が生きているならば、少しは責を果たせたことになるのだろうか。がんばってと言ってくれた彼の顔は、確かに頼もしげに見えた。それが最後であったから、それでも良かったのかもしれないと思えた。
 否、否――結局、あんな顔をさせてしまった。
 椎名は無言でメロディアを見つめながら、独り高台から見下ろしていた彼女の心中を思う。たぶん、茫漠と彷徨う彼女の目の前で、教え子と竜は邂逅を果たしたはずなのだから。
 あの子供はそのときどんな顔をしていたのだろう。
 彼女はどんな思いでそれを見ていたのだろう。
「ならなおのこと、信じてやれよ」
 メロディアが、はっと眼を見開く。
「あの子なら大丈夫、ってな。それが先生の務めってもんだろう」
 それとも、あんたはその程度のことしか教えてやれなかったのか? 首を傾げて問うと、先生と呼ばれた女性は、また吸い寄せられるように背後を振りかえった。眼下に広がるのは、町の残骸。無垢な朝陽に照らされた、どうしようもないほど残酷な惨劇の跡。
 長い長い沈黙の後で、彼女が教え子の名を呟いた。そんな気がした。
 彼女はそれを最後に、朝陽に溶けて消えた。名残惜しむような、未練を果たしきっていないような、それでも従わなければならない掟に従わざるを得ないような――ひどくゆっくりとした速さで。
「……哀しいね」
 胡蝶がぽつりと呟く。
 椎名は同意する代わりに独白した。
「まだなにも始まっちゃいないんだ、たぶん」
 ――少年たちはまだひとりきりで、物語はまだ始まらない。

――了

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鐘夜さまから誕生日祝いイラストを頂戴しておりましたので、御礼に掌編を書かせていただきました!
鐘夜さま宅の漫画「ドラゴンズ・エコー」と、拙宅「葬儀屋」のコラボです。
連載中のエピソード「天に吠える」に絡めて1本書かせていただきました。
竜の暴走で命を落とした女性の物語です。
このシーンを見たとき、「もしや拙宅の喪服の出番では……!?」と
思ってしまったがためのチョイスでした(自意識過剰)
ハウルくんどころか主人公のエコーくんを完全スルーしてしまったことが盛大に悔やまれるのですが、
メロディアさん大好きなので、その点については後悔していません……(笑)
宜しければ貰ってやってくださいませ。コラボさせてくださってありがとうございました!



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