葬儀屋
「狭間にて」

「管轄外だな」
 喪服の青年が、独り言じみた呟きを零す。それに気づいてか、隻腕の青年がゆるりと振り返った。包帯の奥から覗く鋭い眼は、血のように紅い。見覚えのある色だ、と喪服はそれだけを意外に思う。まさか自分たち以外に、こんな眼を持つ者が居るとは。
「管轄外?」
 低い声で問い返す隻腕が、喪服の右手に眼を留めた。無造作に提げた得物は、日本刀。喪服に刀とは冗談のような組み合わせだ、と思いながら、学生服に刀という組み合わせも似たようなものだろうか、と我が身を思って自嘲する。死者を悼みながら相手を傷つけるという壮絶な自己矛盾よりは、幾分常識の範囲内かもしれないというだけで。
 隻腕の思惑を知ってか知らずか、喪服は緩めたネクタイに指を掛けた。気のない調子でぼやきながらも、右手の得物だけは放そうとしない。
「俺は別に、都市伝説処理班じゃねえ」
 都市伝説、という言葉で自分を指したことに、隻腕はわずか身構えた。
「では、なんだ」
「ただの死人だよ」
 間髪入れずに喪服が答え、隻腕が眉間に皺を刻む。喪服はその表情をしばらく眺め、そして首を傾げた。相変わらずの気怠い仕草だった。気を許せる相手ではないということだけを確信しつつ、どことなく調子を狂わされるようにも思う。それならなおのこと身構えておくべきだろうと思った矢先、次の言葉が飛んできた。
「あんたは死人じゃないんだろ」
 死人――。
 答えるのを、一瞬だけためらった。自分は死んだのだろうか? あれは――あれは夢か、生前の幻か、それとも。
 否、否。
 首を振ると、長く伸びた包帯がふわりと踊る。
「死んではいない」
「なら、管轄外だ」
 喪服は興味もなさそうに、同じ言葉を繰り返した。そうであるなら仕事が減って喜ばしいと、もしかしたら本気で思っているのかもしれない。
「あんたはただの都市伝説、だろうからな」
「どういうことだ」
 低い声で問い返した隻腕が、ふと警戒を強める。
「お前は――邪ではないのか」
 そうであるなら容赦はしない、と言外に含みが滲む。日本刀を握った手が、構えの角度を刻んだ。
 喪服が片眉を上げる。同じように刀を構えるかと思われたが、そのままついと視線を逸らした。
「そんなご立派なもんじゃねえよ、ただの死に損ないだ。それに――あんたに俺は斬れない」
 たぶん俺にもな、と、自らの刀に眼を落として呟く。ひどく自嘲的な響きに、隻腕はわずかに逡巡してから刀を下ろした。少なくとも、ここで刃を交えることに意味はない。そう認識してしまってからふと思う。
 此処は、何処なのだろう。
 慣れない独り芝居のように、喪服が長い独り言を口にした。
「あんたは俺らにとっちゃ無害な都市伝説だし、俺は有害な死人にしか興味がない。こんな所でこうしてることがそもそも可笑しいんだろ」
 生と死の境を侵すのであれば、どれだけ常識人であろうとも、有害であると即断される。逆に言えば、生と死の境を脅かさないという限りにおいては、いかなる存在も無害な飾り物にすぎない。それが目の前の隻腕に通じる理屈かどうかは判らなかったけれど。
 思い出したように、顔を上げる。切れ長の紅い眼も、眼差しの鋭さも、表情の乏しい顔も、纏う衣装の黒さも――どこかで見たような姿だった。
 この世の者ではない同士だと、そのとき互いに直感した。
 喪服が小さく唇を歪める。
「じゃあな、都市伝説――せいぜい無害でいてくれよ」
「できれば二度と遭いたくないな、死に損ない」
 無表情に、隻腕が切り捨てる。
 それを最後に、二つの非存在はふつりと掻き消えた。
 生と死の、あるいは現実と伝説の間の交錯だった。

――了

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真有紀さまから誕生日祝いイラストを頂戴しておりましたので、御礼に掌編を書かせていただきました!
真有紀さま宅の小説「夢の花」と、拙宅「葬儀屋」のコラボです。
お借りしたのは「都市伝説の怪人」と呼ばれた椿四郎さん。
ある意味「非存在」同士ということで、
現実と非現実の狭間での邂逅……というイメージで書かせていただきました。
敢えて固有名詞を省いてありますが、「隻腕」が四郎さんで「喪服」が椎名です。
非現実的な、幻のような雰囲気が出ていれば良いな……と思います。
本当はもっとアクションとか入れてみたかったのですが、
それをやると完全に果たしあいになるような気がしたのでさすがに自重しました!(笑)
宜しければ貰ってやってくださいませ。コラボさせてくださってありがとうございました!


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