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さくらの頃、


 桜の咲く頃、わたしの家族が居なくなった。
 白い猫だった。
 昼には確かに、桜の木の傍でごろ寝をしていたはずなのに、夕方になったときにはふいと消えてしまっていたのだった。そういえば垣根の下から出ていくのを見たような気がするわ、と、隣りのおばさんが心配そうな顔で教えてくれた。けれどわたしの家族は、誰もそんな姿を見てはいなかった。
 行くというよりは逝ってしまったのだろう、と、わたしは漠然と考えた。猫は、死ぬ前に姿を隠してしまうそうだ。老猫というにはまだ若かったはずだけれど、あの子も死期とやらを悟ってしまったのだろうか。
 あの子はどこにいったのだろうと、枝の先についた桜の花を眺めながら考える。間違っても他人様の家の庭になど入りこんでいないと良いのだけれど。
 こうして座って桜を眺めていると、膝の上にあの子が居るかのような気がしてくる。軽く羽織ったニットのカーディガンと同じ、ほんのりとした温もり。家族が誰もあの子を探しに出ないのは、その感覚を忘れるのが怖いからなのかもしれない。たぶん、わたしも。猫の死体を見つけたとどこかの子供が騒いでいたが、それもきっと気のせいだ。
 眼を閉じるとあの子の姿が蘇る。雨の日に白い身体を泥だらけにして帰ってきたことだとか、手から餌をやろうとした弟の指を甘噛みしてしまったせいで大騒ぎになったことだとか。思えばエピソードには事欠かない猫だった。
 膝の上が温かい。
 ふわふわとした白い猫は、確かにそこに居る。
 桜の好きな猫だった。わたしが大学受験に合格したときにも、家族総出で喜ぶ人間たちを尻目に、まだ蕾の硬い桜の下でじっと開花を待っているような猫だった。桜が咲いている間は、わたしの膝よりも木の下のほうが良いらしくわたしの傍にはあまり来てくれなかった。わたしは半分いじけながら四月の頭を過ごし、あの子はといえば、マイペースに桜を堪能していたかと思うと葉桜になった途端にわたしの許へ戻ってくる。毎年同じパターンだ。解ってはいても、桜が少しだけ妬ましかった。戻ってきたあの子をにこにこして迎えてしまうわたしもわたしだけれど。
 膝の上にあの子を感じながら思う。
 桜は咲いた。咲きはじめた。桜が咲いたら、あの子は――桜の許にいってしまうのだろうか。
 葉桜になったら。
 また戻ってきてくれるのだろうか。
 ――ふと、我に返る。
 何気なく視線を落とすと、膝の上にはなにもなかった。ニットのカーディガンが手放せなかったはずなのに、もうブラウスを一枚で着ている。
 顔を上げると、満開を通り過ぎた葉桜が佇んでいた。
 散りあぐねている花弁が、お情けのようにひらりと舞う。
 わたしは、しばらく葉桜を眺めていた。
 そして、少しだけ泣きそうになった。――そんなに長い間止まっていたのか、と。


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