燃えないごみを出してしまってから気がついた。もううちではラジオが聴けない。 気づいていればちゃんと別のものを買ったのに、と思ったがもう遅い。ラジオ機能などついていて当たり前だと思っていたから、意識に上りさえしなかったのだ。ラジオがついていないオーディオがあるということを初めて知った。ラジオというのは駆逐されつつあるメディアなのだろうか。 ――お気に入りの番組がもう聴けない。 それを思うと、今更ながらに寂しくなった。必ず聴いていたというわけではないが、放送時間が近づくとなんとなくスイッチを入れてしまう番組だった。チューニングを固定したまま弄らなかったのは、もしかしたら意識的にそうしていたのかもしれない。聴いたこともないような洋楽がずっと流れていて、たまにDJが独り言めいたコメントを挟む――そんな慎ましやかな番組だった。彼はひどく物悲しげな話し方をする人で、それがなぜか耳に心地良く響く。洋楽など普段は聴かないくせに、その番組でだけは聴いていた。 買ったばかりのCDシステムにディスクを放りこんだ。こんなことなら大人しくCDラジカセを買っておくべきだった、と後悔したが、だからといって返品するのはもったいない。シンプルなデザインは、色も形も好みにぴったりだったのだ。理想と現実とは乖離しがちだが、少なくとも見た目に関しては完璧に理想通りである。CDを聴くだけというシンプルな用途だったから、値段も手頃だった。大いに満足して然るべき買い物だと思う。 ――たった一つ、ラジオ機能だけが盲点だった。 蓋を閉じ、再生ボタンを押す。つるりとした表面に、ラジオの切り替えボタンはない。 洋楽が流れだす。アップテンポの曲に合わせて低く口笛を吹いた。これも、あのラジオで出会った曲だった。あのDJは、こんなに明るい曲が流れていても淡々とした口調を変えなかった。そんなことをふと思い出す。曲調と話しぶりのギャップが面白くて、わざわざ探して買った一枚だった。ついていた歌詞カードを広げてよく読んでみたら、手痛い失恋の唄だったのでなんだか納得した。 真新しい小さなスピーカーが、調子外れなほど明るい声で連呼する。――さようなら、さようなら。 同じメロディを口ずさんだ。今度は口笛ではなく。――さようなら、さようなら。 ラジオはもう聴けない。あの人の声も、耳の奥にしか残っていない。 |