開け放たれた物置の中には、なにも無かった。荷物の奥に卒業アルバムが押しこんであるのが見えたが、少なくとも今の紘臣にとっては、なにも無いも同然だった。仁王立ちになって睨んでも、中にはなにも無い。あるはずがないのだ。 引き戸に掛けた手がじっとりと湿っている。三月の――否、二月だ、今はまだ二月だ――凍えるような風の中でも、汗が止まらない。ただ、やはり恐ろしく寒かった。 挿しっ放しの鍵が、視界の隅で確かな存在感を放っている。 当惑したような母の姿が、視界の隅に見える。 ごたごたと荷物ばかりが詰めこまれた、狭くて暗くて埃っぽい空間を、紘臣は凝視している。――あの子は、こんなところで。 「母さん」 不気味なほどに落ち着いた声で、呼びかけた。 返事はあったのかもしれないし、なかったのかもしれない。どちらにしろ聞いていないのだから同じことだった。 風がぴゅうぴゅうと鳴っている。 なぜだか笑えてきて、唇を歪めてくすりと笑った。もしかしたら、嗤った。 「俺……とんでもないことしたよ」 吹く風と同じくらい乾燥して、物置と同じくらい無機質な声だった。 母の応えは返ってこなかった。 奇妙に歪んだ顔のまま、視線を物置の横に向けた。わずかに盛り上がった土。もはや誰も識別できないであろうその墓の位置を、たぶん紘臣だけが、正確に把握していた。 不意に、隣家の前からエンジン音が聞こえた。 ――去っていくのだ、佐伯夫妻は。譲を此処に残して。 生きていれば、今日は確か譲の十歳の誕生日だったはずだ。そんなことを唐突に思い出す。 緩慢な動作で道路に眼をやると、引越社のトラックが通り過ぎていくのがコマ送りで見えた。 過去を吐かせた小さな鍵が、視界の隅で確かな存在感を放っている。 紘臣はいつかと同じように、 強い眩暈を覚えた。 ――了
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