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さようならという言葉がこんなにも苦しいものだとは思わなかった。 ぶつけられた言葉はあまりに重くて冷たくて、一人で抱えるには大きすぎた。けれど胸に空いた どうして、 続けようのない読点の先は、ただがらんどうに繋がっている。 ――お困りのようですね。 柔らかな声で話しかけられ顔を上げた。頬に当たる風が冷たい。 ――大切なものを失くしてしまわれたようです。 穏やかに微笑む瞳の色は、吸いこまれそうなほど深かった。 解りますか、と問うと軽く肩を竦め、そして小首を傾げてみせる。 ――宜しければお手伝いしましょうか。 囁く言葉が耳から入って、胸の穴の中へ入りこむ。 ほんの少し前までは、穴などなくて満ち足りていたはずだった。 いつでもふわりと温かくて、身を預けていられた大切な場所。当たり前のように包んでくれて、手を伸ばせばすぐに触れられた場所。 それがたった一言を境に、音を立て崩れ落ちただの醜い穴になった。 北風が吹き抜ける、ひび割れてささくれだった胸の穴。 きゅ、と拳を握りしめた。あかぎれが口を開けて血が滲んだ。 ただ、安心感が欲しかっただけなのに。 ――お手伝いしますよ、 囁きがあまりに甘美だったから、言葉の続きを待たないままに頷いた。 ――その想いがあったこと自体、根こそぎ滅ぼしてしまえば良いだけの話。 ふらりと去っていく後姿を、いつもの微笑で見送った。 なにも感じず憶えていない、空になった人型の器。 感情が空になったらもう一度、最初から埋めていけば良いだけの話。新しい心が入れば理論上は、ヒトガタもヒトになれるはず。 けれど新しい感情を注げるかどうか、そんなことまではわからない。 滅ぼしたらそこで役目は終わり。中身のない器に興味はない。 硝子の小瓶に煌めくのは、かつて誰かに繋がっていた想いの欠片。光に透かして見たそれは、砂漠の星空のように煌めいた。 泣きながら歩いてくる人影を認め、小瓶を上着に仕舞いこむ。 ――お困りのようですね。 |