「……で、どーすんだこれ」 機嫌の悪さを露骨に表しながら、椎名は 黒みを帯びた、粘り気のあるそれ――仕事で数限りなく眼にしてきたはずの影によく似た、それ。 似ている、ということは、それが影とは別のものであることの証明でもある、と、酷く遠回りに納得した。確かに似て非なるものなのだ。例えば影は皿には載らないし、漆黒以外の色味を含んではいないし、第一匂いがない。なにをどうすればこうなるのか、と、考えてもみる。そうすることで、目の前の非現実から逃れようというかのように。 「……どうしようか」 胡蝶が反応に窮している。そのままの眼つきで、彼女は明樹を見た。我が身に降りかかった災難をもっとも把握しかねているのは恐らく彼なのだろうが、そうかといって、椎名と胡蝶がこの事態に慣れているわけでもない。慣れているのは死者の扱いであって、かつて食物であったはずのものの扱いではない――。 「どーするっつっても」 料理――だったものの残骸――がこびりつく皿を眺めながら、明樹は諦めたように呟いた。年季の入った諦観に見えた。 「始末するならお前の仕事だろ」 「……は?」 口から出たのは頓狂な一文字だった。 明樹が顔を上げる。死者に特有の疲れた微笑、のはずが、こちらを見る眼差しは妙に決然としている。 厭な予感がした。 色素の薄い指で、明樹は皿の上を指差した。 胡蝶は皿の上でなく椎名を見上げた。 「こいつも、『なれの果て』には違いない」 椎名はそれを見た。 厭な予感しかしなかった。 そういえば、と、常磐は狭霧に問うた。 「最近椎名を見かけませんが」 「ダウンしてるって聞いたわよ」 書類整理をする後姿が、微かに震える。思い出し笑いだろうか。こちらを振りかえった顔には案の定、苦笑いが浮かんでいた。 「勤務中に変なもの食べたって、胡蝶が言ってたわ。あの子も大変ね」 「変なもの、ですか」 問い返すと、狭霧は一度頷いてから、堪えられなくなったように笑い声を漏らした。 記憶を辿ってみたが、彼らの報告書はまだ上がってきていない。狭霧に詳細を問うてみたい気にもなったが、やめておいた。――愉しみは、後に残しておくに限る。 「まあ、静かになるのは良いことですね」 傍観者のように微笑んで、常磐はやりかけの仕事を再開した。 ――了
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