「葬儀屋」は、二人一組で行動するのが常なのだという。 相棒を喪った自分は一体どうなるのだろう、というのが、平常心を取り戻した星見がふと考えたことだった。二人は一人と一人から成る。その「一人」の内に、彼女は含まれるのだろうかと。 ――そんなワケないでしょ。 月見はそう言って笑った。ひどく楽しそうな、上機嫌の笑い声だった。 ――相手から見て二人に見えるってことに意味があるのよ。 いくら二人分の自我を抱えていようとも、外部から見てそこに存在する器が一人分であるなら、それは一組とは言えない――断定的な物言いだったが納得した。一人より二人のほうが知恵が出る、というのは無論事実だろうが、死者に対峙したときの効果のほうこそ求められているのだろうから。挟み撃ちにすることも、交互に語りかけることも、死者の攻撃役と擁護役に分かれることも、一人ではできないことばかりだ。 それならきっと、新しく相棒を迎えることになるのだろう。 当たり前だ。当たり前のことを、くどくどと理由を並べなければ納得できない自分に気づいて寂しくなった。 仲良くなれると良いね、と言うと、月見は少し間をおいてから言葉を返してきた。 ――そうね。 あなたのことはいつ紹介しよう? ――いつだって良いわよ、時間はたっぷりあるんだから。 だと、良いけど。 ――あると思えばあるものよ、時間なんてね。 悟ったような言葉を、もしかしたら飛鳥は聴いていたのだろうか。そう思わせるほどのタイミングで、班長は星見に異動を告げてきたのだった。 迎えるんじゃなくて迎えられる側だったね。 ――細かいんだから。 月見の苦笑におっとりと笑いながら、倉庫から仕入れてきた段ボール箱を椅子の上に置いた。デスクの抽斗を開け、溜まった資料を仕分けする。班を跨いでの異動なのだ。心機一転、要らないものは捨てていこうと決めていたが、いざ開けてみると意外に捨てられないものが多いことに気づく。これは、もしかしたら箱が足りなくなるだろうか――小さな懸念がふつりと湧いた。面白がるような月見の視線を感じる。ここ最近、彼女の意識を意識的に遮断することが激減していた。 デスクの上のペン立てを、箱の隅に収めた。 片づけ終わったら飛鳥さんに挨拶に行かなくちゃ。 ――二度手間だけどね。 二度手間? ――異動しろって言われてから片づけして、そのあと異動します、って報告するから二度手間。 否定はしないけど、こういうのは手間って言わないよ、たぶん。 ――じゃあなに? 胸の奥からの問いかけに、星見はしばし手を止めた。斜め上を見る。蛍光灯の眩しさに眼を細めて、すぐ伏せた。 けじめ、かな。 ふと、視線を隣のデスクに向ける。 主の居なくなった空席は、無言で次の主を待っている。ただ一つ、隅に残されたペン立てだけが彼の痕跡だった。普通ならボールペンとサインペンが圧倒的な比率を占めるはずのそこは、なぜか半分近くを鉛筆が埋めている。気紛れに一本を引き抜いてみると、綺麗に先まで尖っていた。二本、三本と抜いていっても、先の丸いものは見つからない。違うのはただ、鉛筆そのものの長さだけだ。 ペン立てを見つめ、星見はやがて、いちばん長い一本を引き抜いた。そして、箱詰めした自分のペン立てに差し入れた。 ナイフ、どこかにあるかな。 ――あんたにできるの? 月見がからかうように問うてくる。彼の鉛筆を一本駄目にしてしまったことを、どうやら彼女は知っているらしい。 普通、鉛筆を削るナイフと護身用のナイフは別物だ。自覚の有無は別としても、護身用のナイフで鉛筆を削るというのは相当に無茶な芸当だろう。少なくとも、すぐに真似のできることではない。だが小さなナイフであれば、たぶん星見でも扱うことができるだろう。最初は巧くいかなくても良い。時間なら、あるのだ。 「練習するよ」 小さく声に出して答えると、月見が楽しそうに頷いた。そんな気がした。だから星見も微笑んだ。 仕分けした資料を箱に詰める。そして蓋を、閉めた。 ――了 ********** しなえさまから本編イメージイラストを頂戴しておりましたので、御礼に掌編を書かせていただきました! 「『星間距離』本編終了後のエピソード」というお題でした。 夏野が去ったあと、星見と月見は一体どうなるのか……。 新たな相棒がやってくると収拾がつかなくなる気がしたので(笑)、 星見が新たなスタートを切るまでのごく短い空白期間、を舞台にしてみました。 ちなみに、掌編中の時間は、厳密には「秋の宵」ではありません…… 夏が過ぎ去ったあとの、星や月が出る時間、をイメージしていただければ嬉しいですと蛇足解説。 貰ってやっていただけましたら感激です! |